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20090928

むくわれるのだ。

「世界選手権2009エリート男子ロードレース」で、エヴァンスが!!エヴァンスが勝った!!!
金メダル!!!アルカンシェル!!!
万年2位とか、運が悪いとか、チームが弱いとか、そんなね、そんなのが、
全部ふっとび、もうもう、泣ける。
ストイックに練習、ただひたすらに勝利を信じて、そんなね、
そんなのがむくわれたわけで。
泣ける。
久々にピコリとハイタッチで喜び合う。
いいもん見た〜。
いいもん見たよ〜。

20090615

いやったーーーー!

ユッキーこと新城幸也選手のツール・ド・フランス出場が決定!
すげー!すげーよこれ!
ほんとに!

去年ツール・ド・北海道でサインしてもらったことがうそのよう。
ついウトウトしちゃう中継も寝てられないよー!

20090614

残念…

ドーフィネ・リベレが終わった。
エヴァンス何度ものアタックもかなわず2位。
あう…。
3年連続の2位って。

ツール・ド・フランスはどうなるのだろう。
でもでも応援してるよー!

20090412

自転車の春、「自転車のルール守って」

今年の雪解けは早く、自転車シーズンの到来も早かったけど、
寒がりのさとう家の動き出しは例年どおり遅い。
きのう4月11にようやくミニベロを物置から出して、
拭いたり、オイル差したりした。
あしたからは自転車通勤をはじめようかと思う。
ロードバイクはまだ、もうちょっと。

秋の終わりから、春の初めまで、徒歩通勤をしていると
歩道を走ってくる自転車に日々恐怖を感じる。
ママチャリばかりではなくクロスバイクも、
ロードバイクやマウンテンバイクまでも、
立派な自転車で、スポーティーな服装で、
へたするとヘルメットまでかぶっているのに
あたりまえのように歩道を走ってくる。
心底、怖い。
歩行者の絶対的な権利を主張するために、
不法な自転車にはぶつかっても道を譲らない覚悟で歩いている。
が、これが、ほんとうにぶつかられる。
不法な自転車は、歩行者がよけると思っている。
心底、怖いし、腹立たしい。

待ちわびた自転車シーズンの到来は、嬉しいはずなのに、
なんとも言えず苛立った気持ちになる。

で、たぶん「朗報」といってよいと思う記事の紹介。
4月10日の北海道新聞・札幌圏ニュース。
不法な自転車の問題対して、
札幌市役所が画期的なスタンスを打ち出している。
具体性、実効性にはまだ不安も感じるが、
それにしても画期的である。
期待はずれは怖いが、期待したい。

20081017

ひとむかしまえのこと

ランス・アームストロング
イヴァン・バッソ
ヤン・ウルリッヒ
フランシスコ・マンセボ
アレクサンドル・ヴィノクロフ
リーヴァイ・ライプハイマー
ミカエル・ラスムッセン
カデル・エヴァンス
フロイド・ランディス
オスカル・ペレイロ



さて、これは何の名簿でしょうか?



正解は、
「2005年ツール・ド・フランスの総合トップ10」。

でも、眺めていると、
単なるランキング以上に意味ありげなものに見えてくる。



01 ランス・アームストロング(ツール7連覇達成⇒引退⇒09復帰予定)
02 イヴァン・バッソ(OP⇒06ツール出場中止⇒ドーピング未遂を告白⇒競技停止処分⇒08復帰予定)
03 ヤン・ウルリッヒ(OP⇒06ツール出場中止⇒引退)
04 フランシスコ・マンセボ(OP⇒06ツール出場中止⇒復帰するも小チーム、小レースのみ)
05 アレクサンドル・ヴィノクロフ(07ツール中に陽性⇒引退⇒09復帰か?)
06 リーヴァイ・ライプハイマー
07 ミカエル・ラスムッセン(07ツール中に虚偽報告問題で解雇⇒競技停止処分)
08 カデル・エヴァンス
09 フロイド・ランディス(06年ツール優勝⇒陽性⇒優勝剥奪⇒訴訟するも敗訴⇒競技停止処分)
10 オスカル・ペレイロ(06年ツール繰上優勝⇒陽性疑惑⇒手続忘れと認められ不問)

20081015

暴論・極論を唱えてみる試み。

そういう理屈で自分が納得できるかどうか
試みまでに暴論、極論を唱えてみる。


こういう物言いをよく見かける。

 自転車競技ばかりドーピングのやりだまにあげられるが
 自転車競技は厳しいチェックをしているからこそ発見されるのであって
 他の競技よりも状況が悪いわけではない。

これはほんとうか?
自転車競技は、実際、
世界一ドーピングまみれのスポーツ
なのでは?

自転車競技は、そもそも、スポーツなのだろうか。
ツールドフランスの歴史をひもとけば、
100年ちょっとさかのぼった1903年、
ある新聞社が販売促進のために始めた客寄せ企画だ。
優勝賞金の札束をちらつかせて人を集め、
むちゃくちゃな冒険旅行をさせ、到着の順位を競わせたものだ。

そんなレースに集まってくるのは、
ひと山あててやろうという魂胆の山師たちに決まっている。
言ってみれば、自分の身体を賭け金にする男たちの
べらぼうなギャンブル
みたいなものだ。

山師たちがイカサマをするのは当然のことで
黎明期のツールドフランスでも違反はあった。
1903年の第1回大会の優勝者モリス・ガランは
翌年の第2回大会でも最初にゴールしたが
途中で列車に乗ったことがわかって優勝を剥奪された。

もっと前、1886年のボルドー〜パリのレースでは
トリメチル過剰投与で死亡事故が起きている。

時代が下って1956年、
ツール・ド・フランス参加選手の20%に覚せい剤の陽性反応があり、
何人かは依存症に陥っていた。

インチキ、イカサマは、そもそも自転車競技の一部なのだ。
ドーピングは自転車競技のDNAに組み込まれているのだ。
もちろん表向きはルール違反なのだから、
見つかれば失格になるし、処罰される。
だけど、見つからなければヒーローになり
大金を手にすることができる、かもしれない。
ハイリスク、ハイリターン。
山師たちは、当然、ハイリスクに賭ける。

危険を賭した者だけが栄光をつかみ取る。

そんなことはスポーツマンシップに反する?
そうかもしれない。
だけど、山師たちには、はじめから
スポーツをしているつもりなんてない
だろう。

スポーツマンシップなんて、
いけすかない紳士たちに任せておけばいい。
紳士たちのスポーツ・・・
たとえば、そう、ゴルフなら、
ドーピングなんて必要ないだろう。
メタボ腹でもプロでいられる。
走ることも跳ぶこともない。
荷物も家来が運んでくれる。

スラム街の路地裏に続いているスポーツ・・・
たとえば、そう、サッカーなら、
自転車競技に近いものかもしれない。
クスリが必要な競技だ。

ドーピング違反者は、犯罪者ではない。
被害者でもない。
ただの、賭けに負けた山師だ。
まだ負けていない山師たちに言わせれば
見つかった奴は間抜けでしかない。
間抜けから順に負けていく。
狡猾な者だけが勝ち抜いていく。

新たに急勾配の峠がコースに組み入れられるように
新たにドーピングが検出されるようになる。
峠により、検査により、レースの難易度が上がる。
だけど山師たちは、常に裏をかくことを考えている。
第三世代EPOも、血液ドーピングもダメか。
もう遺伝子ドーピングしかないぜ。

賭け続けるしかない。
欺き通すしかない。
そして勝利を手に入れるのだ。



うーん。
あえて暴論、極論を書いたつもりが
意外と事実に近いような気がしてしまう・・・
でも、まあ、納得はしないな。
ほしいのは事実じゃなくて真実なんですよ。

20081014

正義が勝つとは限らないこと。

「自転車は左側を通れ」と、殴られ重体 埼玉
2008.10.13 

 12日午後6時5分ごろ、埼玉県越谷市東越谷の市道で、近くの無職、堀口昌宏さん(71)が向かいから来た自転車の若い男と通行をめぐり口論となり、顔を殴られた。堀口さんは倒れて路面に頭を打ち意識不明の重体。男はそのまま逃走した。越谷署が傷害事件として捜査している。

 調べでは、男は20代後半ぐらいで身長約170センチの中肉中背、髪が長めで紺色っぽい背広を着ていた。堀口さんは妻や友人らと市内の居酒屋で飲食した後、ラーメン店に向かう途中、男に「自転車は左側を通れ」と声を掛け、トラブルになったという。

(産経ニュースより)

・自転車は道路交通法上「軽車両」であり、
 自動車やバイクと同じく、車道の左側を走らなければならない。
 堀口さんは正しい。
 中肉中背男の右側通行は、違法であるばかりか、とても危険だ。
 自転車は左!と声を大にして言おう。
 これ、ほんとうに、右側通行は危険なんですから。

・さらに、紺色っぽい背広男は堀口さんを殴り重体にさせている。
 言うまでもなく刑法により暴行罪、いや、傷害罪に問われる行為。
 ひどい話である。
 暴力はよくないね。 

・ただし、居酒屋からラーメン屋への移動中であったことを思えば
 おそらく99%ほどの確率で堀口さんは酔っていたはずだ。
 メッセージ内容としては「自転車は左!」だったかもしれないが
 表現は違ったかもしれない。
 つまり、もしかすると、
 「おい、そこの鼻たらした小僧、おまえ、自転車は左を通るってことくらい
  親に習わなかったのか、えっ?、常識だろうが、常識、
  親のツラ見てみたいね、偉そうに背広なんか着て、何様だよ、偉そうに、
  物知り顔で右側通行してりゃ、世話ねえよ」
 というような表現だった可能性がないわけではない。
 いや、これはあくまで可能性のことだけど。

・教訓として、ひとつには
 「正しい内容、ソフトに上手に伝えよう」。
 いや、もちろん、
 堀口さんは物腰やわらかくていねいに伝えたのかもしれない。
 それでも殴られたのかもしれない。
 だから、もうひとつの教訓は
 「必ずしも正義が勝つとは限らない」。

・最後に、記事の見出しのこと。
 《「自転車は左側を通れ」と、殴られ重体》って、まるで
 右側通行していた人が叱られながら殴られたみたいじゃないか。
 見出しの字数制限はあるにせよ、記者には正確を期してもらいたい。
 たとえば
 《自転車の右側通行を注意し、殴られ重体》とかね。



もうひとつ似ているような、似ていないようなニュース。
たぶん男子高校生はいわゆる「暴走自転車」で、
教育委員会の課長は危険の運転を注意したかっただけだろうが・・

宇部市教委職員を逮捕=自転車でトラブル、高校生殴った疑い−山口県警
2008.10.09

 自転車で道路右側の歩道を走行中、自転車で対向してきた男子高校生を擦れ違いざまに殴ったとして、山口県警宇部署は9日、暴行容疑で、宇部市教育委員会総務課課長補佐、安村和也容疑者(50)=同市開=を逮捕した。「殴るふりはしたが、当たっていない」と否認している。

(時事ドットコムより)

20081002

ブルセギンよ・・・

ブルセギン今期で引退ですって。
うわーん!!

20080917

ツールド北海道2008(表彰式点景)



自転車マンこと野寺選手のウィリー!
キッズじゃなく、おっさんからのリクエストでも、見せてくれていた。
それを見たオランダ人たちは・・・



ウィリーの身振りをして大笑いする
オランダのU23ナショナルチャンピオンジャージ。



炎天下、座らされている選手たち。
なかなか並ばない、話を聞かずに喋っている、だるい姿勢、
高校の行事みたいな雰囲気だ。



他チームの選手同士もわきあいあいと話している。
フランクな会話が聞こえてくる。
たまに、聞いちゃいけなかったかもって思うような内容も耳に入る。



逆に、ひそひそ話されると、ちょっと気になる。



賞品のドブロクの箱を開けるチャンピオン。
このドブロク、各賞にもあって、3本はもらっていた。



どっかのベイビーにメイタン旗を巻こうとするチャンピオン。
うまく巻けず、内田DRに任せていた。

20080915

ツールド北海道2008(表彰式)

最終ステージ終わっての各賞表彰。
ずらり並んだお偉いさん(おっさん)の頭越しにしか見られない。
レースを終えて疲れている選手たちは、炎天下のなか全員集合させられ、
地べたに座ったまま、形式的なセレモニーに延々付き合わされている。
気の毒としか言いようがない。
観客にとっても間延びした式典で、面白くもない。
どうにかしてほしい。

しかしともかく、走った選手のみなさん、すばらしいレースをありがとう。
賞を採った選手のみなさん、おめでとう。
よいレースを見た満足感と、
レースが終わってしまった寂しさが入り混じる、
楽しいようなせつないような気持ちです。



U23個人総合時間賞、鹿屋体育大学の伊藤雅和選手。
まだ2年生だって?
先々が楽しみです。
最終日に逆転されたアンカー福田選手の悔しい表情も印象的だった。



団体総合時間賞、ヴァン・ヴリエ(オランダ)。
総合争いの2位、3位を占めているだけあって、チーム総合はトップ。



個人総合山岳賞、ヴァン・ヴリエのヴァン・レイジェン。
コメントを求められて、
「昨日もう決まってたし、今さら別に。今日はとても疲れた」
と正直に語っていた。
これは僕の勝手な想像だけど、ほんとうは
「とても疲れたから、いいかげん、もう帰らせてよ」
と言ってたんじゃないかなあ。
通訳の人、一瞬、口ごもってたし。



個人総合ポイント賞、ボーナスタイム争いのついでに
ポイントが集まったので、宮澤選手が獲得。



そして、総合優勝。梅丹本舗GDRエキップアサダ、宮澤崇史選手。
最終日の最後の最後まで確定しないハラハラの展開だったけど
チーム全員でがっちり守った結果。
この優勝が、来期の大口スポンサー獲得につながると喜ばしいのだけど。

★宮澤選手インタビュー
 ・第5ステージ終了後
 ・第6ステージ終了後
 ・総合優勝表彰

ツールド北海道2008(第6ステージ@モエレ沼)

ツールド北海道、最終日。
モエレ沼でのクリテリウム(周回レース)。
公園内のコースを22周する。
22周のうち、フィニッシュを含む5周にはボーナスタイムが設けられている。
「1秒差」でトップに立つメイタン宮澤選手としては、直接のライバル選手に
ボーナスタイムを取らせないようレースを運ばなければならない。

5回のうち3回目まで、宮澤選手はスプリントでライバルに競り勝ち、
2着、1着、1着と入って8秒を稼ぐ。
2位につけているオランダ選手との差を「1秒」から「5秒」まで開く。
とはいえ、フィニッシュでの1着には「10秒」のボーナスがあり、
まだ逆転の可能性は残す。
メイタンはいくつかの作戦を展開し、ヴァンヴリエを揺さぶる。
福島選手、岡崎選手が集団を牽き、レースを高速化させ、ふるい落とす。
新城選手、清水選手がぎゅんぎゅん逃げて、他チームに追わせる。
大学生の選手たちは続々とリタイアに追い込まれる。
最終日まで残ったのに、無念だろう。
だけど、周回遅れになっては走り続けられない。

やがて、総合争いに関係のない逃げが決まり、
新人賞争いの関係でアンカーが追うが捕まらず、
小集団スプリントをアイサン西谷選手が制した。
この時点でフィニッシュのボーナスタイムは消えたため
同時に総合優勝も決した。



リーダージャージの宮澤選手とメイタンの仲間たち。



ぎゅんぎゅん逃げるユキヤ&ミヤタカ。



お天気もよく、芝生でピクニック気分の観戦。
クリテリウム観戦はまた違った楽しみ。



ステージ優勝の西谷選手。
表彰式、トマムでも江別でも間近に見られたけど、札幌では近寄れない。
ずうずうしくも立ちはだかるスタッフの頭がじゃまで、表彰台の写真が撮りにくい。
この運営スタイル、どうも気に入らないなあ。

20080914

ツールド北海道2008(第5ステージ・ゴール地点)

サコッシュ大漁でホクホクしたけど、そのあとがたいへん。
急いでゴール地点まで行かなければレースが終わってしまう。
またレースを追いかけていき、途中で別ルートを走り、どうにか先回り。
ほとんど暴走とも言える大会関係バスのアシストを受けて
すれすれ江別市の野幌運動公園に走り込んだ。
ゴールまで500メートル、300メートル、ああ、先頭が来た!
逃げの3人がスプリントしていく。
誰かが勝ったと実況が叫んでいるが、
それより、宮澤はどうした!?



いた!
新城選手がリーダージャージの宮澤選手を牽いてきた。



前日のトマムのゴールとは違って、
江別にはたくさん観客が集まっていた。
観客が乗ってきたロードレーサーだらけだ。



にぎやかで、うれしい。



宮澤選手の総合リーダー表彰。
メイタン宮澤選手は「1秒差」の総合リーダーを守った。
明日、最終ステージはモエレ沼のクレテリウム。
6、10、14、18周目のラップにボーナスタイムが設定されており、
フィニッシュのボーナスタイムも大きい。
守っていても勝てない、攻めるしかない「1秒差」。



宮澤選手インタビュー。
チームとしての自信と誇りに満ちている。
モエレ沼、見逃せない。



補給地点で拾ったメイタンのサコッシュ。
もじもじ君のため選手に話しかけるなんてできない僕に代わって
よっこが、このレースを走っている5人の選手
ひとりひとりにお願いして、サインを集めてくれた。
よっこ、えらい。よっこ、かっこいい。
5人のサイン入りサコッシュ、家宝である。

ツールド北海道2008(第5ステージ・補給地点)

スタートを見送ったあと、
車に乗り込んでレースを追いかける。
といっても、レースの後方は常に渋滞しているので、
すぐに追いついてしまう。
そして、もちろん追い抜くことはできない。
だから、途中で別のルートに入って、先回りする。
およそ100キロほど進んだ、補給地点へ行ってみた。
車を停められそうな場所には、すでにチームの車が停まっていて、
駐車して観戦するのは難しい状態。
そこで、ちょっと離れた場所に車を置いて、
積んでおいた自転車で移動することにした。
小さな丘をふたつほど越えていく。



こういうような場所。
山と川があって、ほかには特になにもない。



遠近法の消失点までぐねぐねとまっすぐな道。
この向こうから一団がやってくるのを待っている。
チーム関係者の無線に、あと10分くらい、とか、
早口の情報が飛び込んでくるのが聞こえる。



ちょっとだけレースのコースを走ったミニベロ。
思いがけないところで役に立ってよかった。



メイタン福島晋一選手、岡崎和也選手。
岡崎選手はボトルを入れ替え中。



補給地点ではスピードを落としている、はずなのだけど
やっぱり速い。



「くださーい」、「はいよー」。
ロードレースは世にも珍しい「食べながらするスポーツ」。
袋(サコッシュ)のなかには食料が入っている。
選手たちはサコッシュから食料を取り出して、
背中のポケットにしまう。
そのあと、サコッシュは投げ捨てる。



選手が投げ捨てたサコッシュを観客が奪い合う、
というのはヨーロッパの話で
ツールド北海道の場合は観客がいないので、スタッフが拾い集める。
僕たちは自転車で車に戻りながら、サコッシュを集めた。
メイタン、シマノ、ニッポ、アンカー、アイサン、など、大収穫。

ツールド北海道2008(第5ステージ・スタート地点)

さっさとチェックアウトし、ぱっとしない朝食バイキングを食べ、
スタート1時間前にはもうスタート地点をうろうろしていた。
前日のゴールといい、この日のスタートといい、
観客が少なすぎて「よい場所を確保する」という必要がない。
選択肢が多すぎると、うまく物を考えられなくなるというのは
一種の現代病だろうか。
とにかく、どこにいていいのかわからないので、うろうろする。
うろうろしているうちに、ウチワとか、叩いて鳴らす風船とかをもらった。



スタートを待つ。
夜は急に雨が降ったが、朝にはよく晴れた。



出走サインに選手たちが集まってくる。
オーストラリア人の選手たちはホテルから出てくるのが早かった。
早起きナンバーワンだ。



スタートを待つプロトン。
見ている場所の、ほんとうに、すぐ目の前に選手がいる。
その気になれば飛び込むこともできるほど。
飛び込みはしないけど。



マビックカー。
この写真だけなら、本家ツールドフランスと見分けがつかないかも?
いやいや、よく見ると、練馬ナンバーだ。



パレード走行でスタートしていくプロトン。
オランダ人選手はこちらを凝視している。
バイクのおじさんも。

ツールド北海道2008(第4ステージ・ゴール地点)

ツールド北海道、3日目。
午前中には帯広で第3ステージのタイムトライアルがあった。
ちょうどその頃、
出かける空気を察し不機嫌になるはーちゃんを残し、
僕たちは札幌を発ち、トマムへ向かった。
午後1時に第4ステージのレースが帯広からスタート。
狩勝峠を越えてトマムへゴールする。
ひさびさの長い距離の運転に緊張しながらも
トマムでのゴールに間に合うように先を急いだ。
ゴール地点のホテル「アルファリゾートトマム」にチェックインして
一息ついて、いそいそとゴールに出かけた。
あまり人がいない。
いるけど、みんな関係者っぽくて、
僕たちのようなただの観客はあまりいないように見える。
慣れない場所では、人の真似をして振る舞うべし。
そうしたいのだが、どう振る舞うか、真似るべき相手を見つけられない。
居てよい場所なのか、わるい場所なのか、わからない。
うろうろ、こそこそと動き回って、居心地のよい場所を見つける。
あとから思えば、すべてが居てよい場所であって、悩む必要はなかった。



登坂力の問われる頂上ゴール。
不向きと思われるステージながら、
ステージ優勝したオランダ人選手に食らいついて
メイタン宮澤崇史が2着に入った。



観戦する子どもたち。



表彰式を待つレースの一団。



談笑するメイタン新城幸也&清水都貴を隠し撮り。



午前はTT、午後は山岳。
スプリンター宮澤にとっては厳しい1日。
この日をうまく乗り切ることに集中してきたと
インタビューに答えていた。
結果、TTで4位に入ってライバルから秒差を奪い、
頂上ゴール2着によりボーナスタイムを得て、
総合リーダージャージ獲得。
上々の結果。
オリンピックに向けて絞り込んだ身体が、ここで活きたか。
とはいえ、2位のオランダ人に「1秒差」。
残り2ステージ、この僅差を守り抜かなければならない。

20080912

ヘルメットのススメ(クマ出没注意)

自転車ヘルメット着用の文化は、日本ではまだまだ根付かない。
ヘルメットの有無が命運を分けることを理解いただきたいので
CNN.co.jpの記事を無断転載する。


中学校の理科教師、自転車で通勤途中に「クマ」と衝突

モンタナ州ミズーラ(AP) 米モンタナ州の中学校教師が8日朝、通勤のため自転車で走っていたところ、前方にクマが現れ、避けきれずに衝突、軽いけがを負った。

ターゲット・レンジ中学校で理科を教えるジム・リッツさんが時速約24キロほどで走っていたところ、前方約3メートルに突然、ツキノワグマの姿を確認。止まる間もなくクマと正面衝突した。

リッツさんがかぶっていたヘルメットがクマの背中を直撃し、クマがリッツさんに覆い被り、1人と1頭は一緒に道路脇へ転がり落ちた。

クマはリッツさんのヘルメットを叩き、背中をひっかいて逃走。リッツさんは駆け付けた妻の車で病院に向かった。12日には、授業に戻れる見込み。


ヘルメットがなければ、おそらくリッツさんの命は絶たれていただろう。
我々北海道民こそ、まずヘルメット着用を推し進めなければならない。
明日にもヒグマにぶつかって、頭を叩かれるかもしれない。
叩かれてからでは遅いのだ。

20080908

好きな名前

名前が好きな選手、というのがいる。
どう好きかと言えば、語呂のよさだ。
幸福感のある語感。
声に出して読みたくなる名前。

たとえば、有力どころの選手で言えば、
「ポポヴィッチ」、とか。
「サヴォルデッリ」、とか。
「カンチェッラーラ」、とか。
いいね。
呼ぶと、いい感じがする。

フルネームで、語呂の勢いがあるのも、好き。
「リカルド・リッコ」
「サムエル・サンチェス」、
「マルコ・マルツァーノ」、
「ルイス・レオン・サンチェス」もいいな。

抜けた感じも悪くない。
「ユルチョ」、とか。
「チュルーカ」、とか。

で、今年気になったかっこいい名前ベスト3。
「ダヴィ・モンクティエ」
「ニキ・テレプストラ」
「レミ・ディグレゴリオ」
ヴェルタ第8ステージでのモンクティエ逃げ切り優勝を祝して
発表してみました。

ちなみに、どうしても応援したい気持ちになれない名前もある。
「ウソフ」、
「ムリーリョ」、
「コロブネフ」。

いや、別にね。どうという意味はない。
コロブネフが転ぶわけじゃないしね。

20080907

銀!銀!

そうか、オリンピックが終わると、パラリンピックが始まるものなのか。
世の中が静かすぎて気がつかなかった。
藤田征樹選手が1000メートルTTで銀メダル、
石井雅史選手が個人追い抜きで同じく銀メダル。
すごい。
オリンピックの自転車競技では「嬉しい銀」だったけど、
パラリンピックの自転車競技では「悔しい銀」だったようだ。
ぐっとくる。
で、トラック競技だけかと思ったら、ロードもあるようで、
藤田・石井の両選手が出場予定。
コースとか詳しいこと、探してもみつからないが、楽しみだなあ。

藤田&石井インタビュー

藤田征樹インタビュー

石井雅史インタビュー

20080902

オリーブの縁、アンダルシア/カガワ

 パンを何で食べますか。バターか、マーガリンか。マーマレードか、ヌテラか。バゲットにたっぷりオリーブオイルをかけて食べるのが美味しい。ある程度の金額を出して、それなりのオリーブオイルを買うと、食生活が変わる。オリーブオイルに塩こしょうで、たいがいのものは美味しく食べられる。まず、パスタが気軽な食べ物になる。トマトソースやクリームソースがなくても、オリーブオイルがあればどうにでもなる。オリーブオイルを熱して、にんにくがあるならにんにくの味を写し、唐辛子があるなら唐辛子の辛みを出して、何もなければ塩こしょうだけでも、オイルが美味けりゃパスタも美味い。ドレッシングなんて要らなくなる。フレッシュな野菜と、フレッシュなオリーブオイル、塩こしょう。それだけでサラダは美味しい。馬路村の柚子ぽん酢と、アンダルシア産のオリーブオイルがあれば、もう、なんとか風味のドレッシングを買う必要なし。さらば愛しのキューピーちゃん。

 オリーブオイルの本場というと、なぜかイタリアのような気がするのだけど、世界中のオリーブオイルの3分の1はスペインで作られていて、これは世界一の生産量だと言う。しかも、スペインのオリーブオイルの8割はアンダルシアで作られている。なかでも、アンダルシア州8県のひとつハエン県の県都ハエンは「オリーブオイルの首都」と呼ばれる。ハエンがヴェルタ第3ステージのスタート地点。この日のゴール地点は同じくアンダルシア州、コルドバ県の県都コルドバ。我が家でいつも使っているオリーブオイルの工場はコルドバにある。ハエンからコルドバまで165キロを走る第3ステージ、地元チーム「アンダルシア・カハスール」のマヌエル・コルドバがひとり逃げ。レースの風景はひたすらオリーブ畑である。畑というか、果樹園。果てしない砂色の大地に、グリッド状に規則正しく並ぶオリーヴの樹が四方どこまでも続いていく、気の遠くなるようなランドスケイプ。ヴェルタ3日目、すでにして寝不足、オリーブマトリックスの映像を見るうちにほんとうに気が遠くなり、ふっと目を覚ますとフラムルージュ、あっという間にトム・ボーネンが勝った。

 香川県の「県の木」はオリーヴだそうだ。1908年、日本にはじめてオリーブが輸入され、小豆島に植えられた木だけが根づいた。今年で植栽100周年、今でも栽培されている。ミロのヴィーナスが発見されたことで知られ、オリーブの産地でもあるギリシャのミロス島と、小豆島は1989年に「姉妹島」の調印を交わしている。1989年、近藤真彦が「アンダルシアに憧れて」を歌った年だ。アンダルシアもいいけど、僕は香川県に憧れる。直島の地中美術館に行きたい。丸亀猪熊弦一郎美術館に行きたい。丸亀市はサン・セバスチャンと姉妹都市、いいなあ。うらやましい。僕の今いちばんほしい自転車「タイレル」は、さぬき市で作られている。さぬきといえば、うどん。「うどん」&「オリーブオイル」の検索結果、けっこうわくわくする。


---メモ:小豆島×オリーヴ---

小豆島オリーブ公園
小豆島オリーブ園
たまらなく小豆島オリーブ探検隊(※オリーブ里親募集あり)
小豆島ヘルシーランド(※宇野千代御用達オリーブ化粧品)

20080830

グラナダを発つ(グラナダ1989)

 グラナダというと月の裏側にある都市のような気がしてしまう。そこはジオン公国の軍事要塞だった。グラナダは実際にはスペイン南部アンダルシア州にある。アンダルシアと聞くと近藤真彦を思い出す。♪「アンダルシアに憧れて バラをくわえて踊っている 地下の酒場のカルメンと 今夜メトロでランデブー」。1989年にリリースされた「アンダルシアに憧れて」、作詞作曲はザ・ブルー・ハーツのギタリスト「マーシー」こと真島昌利。この時期のヒットチャートの曲名を眺めていると、気恥ずかしいような甘酸っぱいような居心地の悪いノスタルジーを覚える。プリンセスプリンセス、ユニコーン、米米クラブ、爆風スランプ、TMネットワーク、バービーボーイズ、レベッカ、渡辺美里、永井真理子、小田和正、久保田利伸・・・。小泉今日子が「学園天国」を歌い、井上陽水が「リバーサイドホテル」を歌い、忌野清志郎ではないことになっているザ・タイマーズが「デイ・ドリーム・ビリーバー」を歌った、1989年。「昭和最後の少年」だった僕たちの少年時代。

 1989年は、昭和64年としてスタートしたが、1月7日に天皇が死に、次の日から平成元年になった。僕の記憶の網は荒くて思い出はいつも霧に包まれているのだけど、この年のことは比較的思い出しやすい。小学校を卒業し、中学校に入学した年だから。中学1年の僕は村上春樹に夢中だった。文庫本で読んだ「風の歌を聴け」に衝撃を受けて、即座に「1973年のピンボール」、「羊をめぐる冒険」を買いに走った。いや、それは1990年のことだったか。やはり記憶はあいまいだ。「ノルウェイの森」が出版されたのは1989年だったが、高価なハードカバーはお小遣いでは買えなかった。金色の帯を巻かれた赤と緑の上下巻ハードカバーはあまりに美しく、手の届かない憧れだった。中学1年の教室では生涯の親友と思える友人と出会ったが、友情は案外と15年くらいしか続かなかった。宮崎駿監督「魔女の宅急便」の封切りも1989年だった。主題歌はまだ荒井由実だったユーミンの、1975年リリースの「ルージュの伝言」、1974年リリースの「やさしさに包まれたなら」。どちらも、僕が生まれるまえの曲だ。1989年には、すでに松任谷由実になったユーミンのアルバム「LOVE WARS」がリリースされている。これはずいぶん繰り返し聴いた。「魔女の宅急便」のメガネの少年トンボは、飛行クラブのメンバーで、人力飛行機のパイロットとして自転車のトレーニングをしていた。フラットバーハンドル(横一文字の自転車ハンドル)が「トンボ」と呼ばれて流行したのも、この時期だっただろうか。この年にリリースされたJITTERIN'JINNのデビューアルバムに、何か、自転車に乗って毎日フラフラ走るというような歌詞の歌があって、ずいぶん好きだった。僕自身、特に用もないのに自転車に乗って毎日フラフラ走っていた。今のようなスポーツ自転車ではなく、ごく普通のシティサイクルだった。たぶん「トンボ」ハンドルだったと思う。

 ようやく自転車の話題になってきたので、本題に移りたい。スペイン一周「ヴェルタ・ア・エスパーニャ」が開幕する。今年の開幕地が、グラナダ。月の裏側ではなく、スペイン南部アンダルシア州のグラナダでのチームタイムトライアルから、3週間の旅が始まる。2005年にもヴェルタはグラナダでの個人TTから始まり、これを勝ったデニス・メンショフが総合優勝もしている。そのメンショフが2度目の総合優勝をした2007年ヴェルタでは、第15ステージのゴール地点がグラナダだった。この日のことは、去年書いた。オロフレ峠でツールド北海道を観戦し、オキがライブでグラナダのことを話し、グラナダという名前のスペイン料理店で夕食を食べ、帰宅してテレビをつけたらサムエル・サンチェスが脅威のダウンヒルでグラナダのゴールを制した。「アンダルシアに憧れて」がリリースされた1989年のヴェルタは、まだ春開催で、ツール・ド・フランスより先だった。1989年のヴェルタ優勝者はペドロ・デルガドで、2度目のヴェルタ制覇だった。デルガドは同年のツール・ド・フランスではプロローグのスタートに遅刻するという逸話を残している。この時期から同じチームのミゲル・インドゥラインが台頭してきて、2年後にはデルガド自らエースの座をインドゥラインに譲った。その後はアシストとしてインドゥラインのツール5連覇のうち最初の3年間を支えた。デルガドは小柄なクライマー、インドゥラインは大柄なタイムトライアルを得意とする選手。インドゥラインはツール5勝、ジロ2勝しているが、ヴェルタでは勝っていない。ヴェルタのスタートリストを眺めている。さすがに1989年生まれの選手はまだいない。いちばん若いのが1986年生まれの2人、ロットのヤコブスと、ラボバンクのヘーシンク。1985年生まれはけっこう出場していて、デジューのディグレゴリオ、ティンコフのイグナチェフなど15人。ツールに比べて若手が多いのがヴェルタの楽しみだ。