20071016

ちいさな旅の一日:9:グラナダの夜

オキは、ライブ大成功のことを「みなごろし」という。
世界各国でのライブのことを
「シンガポール、みなごろし」
「ドイツ人、みなごろし」
と話していた。

ただひとつ、オキに「みなごろし」と言われなかった都市があった。
それは、スペインのグラナダ。
グラナダでのライブが不成功だったわけではないだろう。
他に語りたいことが多くて、言い忘れたようだった。
世界遺産の「アルハンブラ宮殿」のことや、
情熱の歌と踊りの「フラメンコ」のこと。

スペインは、何世紀にもわたってイスラム民族の支配を受けた歴史のため
ヨーロッパのなかでも特に異色の文化をもつ。
イベリア半島で、異文化が互いに衝突し、混交した。
グラナダは、その衝突・混交の中心地とも言える都市であり、
「アルハンブラ宮殿」も「フラメンコ」も、異文化の波打ち際に生まれた。
グラナダの話をするとき、わずかにオキの口調が熱っぽくなったように聞こえた。
彼はきっと、異文化の波打ち際の街に、共鳴したのだろうと思った。

僕のほうでは、オキの口からグラナダという地名を聞いて、驚いていた。
どうしてかというと、
その日の晩ごはんを、グラナダで食べる予定だったからだ。

白老で食事できる店を探しておこうと、事前にネットで調べていた。
観光協会の飲食店リストのなかで、すぐに目についたのが
「スペイン家庭料理 グラナダ」
だった。
小さな町なので、各国料理のレストランがそろっているわけではない。
イタリア料理店も、フランス料理店もない。
スペインだけがあった。

なにしろ、このときまさにブエルタ・ア・エスパーニャ(スペイン一周)の真っ最中だった。
毎晩、毎晩、スペインの荒野を走るロードレースを見ていたわけで
スペイン料理と言われたら、これはもう、食べないわけにはいかないと思った。
これはもう、運命だと思った。
グラナダでパエリアを食べる運命なのだ、と。
その、運命のパエリアが、これだ!



(photo : ゆうすけ/gl(ジーエル)


運命のパエリアは、もちろん最高だった。最高だったぜ。
他に食べたものも、最高。
突然「あちらのお客様からです」と、プレゼントされた料理も、最高。
隣の席に「リタイア後、北海道に移住して、のんびり老後を過ごす夫婦」がいて
わいわい、がつがつと食べる僕たちに、2品の料理をオーダーしてくれたのだった。
けっこうな量の食事を、わいわい、がつがつ、ぺろっと食べ尽くした。
グラナダ、オキにかわって、みなごろーし。

満腹になって、白老駅まで送ってもらって、
ゆうすけとさとみちゃんと別れた。
心も、おなかも、満腹で、みんな大満足な顔をしていた。

札幌に帰りついたのは、日付が変わるちょっとまえ。
早朝に出発して、深夜に帰ってきた。
留守番のはーちゃんは、すねていた。
「帰ってこないかと思ったよう」と言っていた。

たっぷり楽しんで、くたくただったけど、
すぐにテレビを点けて、ブエルタ・ア・エスパーニャを観戦。
この日は第15ステージ、ビジャカリジョからスタートして
グラナダまでの201.4キロのレースだった。
グラナダまで?
そう、この日のレースは、グラナダにゴールするのだった。

そしてこの日、ステージ優勝したのは
バスク地方のチーム「エウスカルテル・エウスカディ」の
サミュエル・サンチェスだった。
またがるバイクは、もちろんバスクのブランド「オルベア」だ。

モナチル峠を越えた下り坂、ダウンヒラーが真骨頂を見せた。
サンチェスはエアロポジションと言われる深い前傾姿勢をとり
ペダルを回すことなくコース取りするのみ。
必死でペダルを回すクネゴを、あっというまに抜き去った。

目を疑うような速度。
目を覆いたくなるようなコーナリング。
危うくも美しいダウンヒルで先頭に立ったサンチェスは
ベルトランとのサシのスプリントを制して、優勝。
今年のブエルタで最も印象的なステージのひとつとなった。

*

ツール・ド・北海道をオロフレ峠で観戦して、
トビウ・ミーツ・オキのライブに行ったよ。
と書いてしまえば、それだけのことを、
9回にわたってだらだらと書いてきた。
この日、アイヌとバスクの共鳴のなかにいたような感じがしていて
その「感じ」を拾い上げたかったのだけど
共鳴の糸はあまりに細くて、掴みきれていない。

あまり自転車に関係のない回、
自転車の話のまったくない回も含めて、
カテゴリは「自転車」とした。
最近の僕は、自転車を通して世界を眺めている。

自転車関心圏、と呼んでいる。
自転車への興味が、世界の地理、歴史、文化への興味に連なっている。
僕にとって、ベルギーチョコも、パエリアも、
自転車に関連する関心の射程圏にある。
ヘミングウェイも、ピカソも、ナチスも、
言語学も、考古学も、政治学も、自転車関心圏に入ってくる。
自転車からの連なりのなかで、関心はどこまで届くのかと思う。
脳内サイクリングは世界を走っていく。

*

ともあれ、やっと長い話は終わりましたよ。
ではでは、あとは気兼ねなく
はーちゃんムービーをお楽しみくださいませ。