20080830

グラナダを発つ(グラナダ1989)

 グラナダというと月の裏側にある都市のような気がしてしまう。そこはジオン公国の軍事要塞だった。グラナダは実際にはスペイン南部アンダルシア州にある。アンダルシアと聞くと近藤真彦を思い出す。♪「アンダルシアに憧れて バラをくわえて踊っている 地下の酒場のカルメンと 今夜メトロでランデブー」。1989年にリリースされた「アンダルシアに憧れて」、作詞作曲はザ・ブルー・ハーツのギタリスト「マーシー」こと真島昌利。この時期のヒットチャートの曲名を眺めていると、気恥ずかしいような甘酸っぱいような居心地の悪いノスタルジーを覚える。プリンセスプリンセス、ユニコーン、米米クラブ、爆風スランプ、TMネットワーク、バービーボーイズ、レベッカ、渡辺美里、永井真理子、小田和正、久保田利伸・・・。小泉今日子が「学園天国」を歌い、井上陽水が「リバーサイドホテル」を歌い、忌野清志郎ではないことになっているザ・タイマーズが「デイ・ドリーム・ビリーバー」を歌った、1989年。「昭和最後の少年」だった僕たちの少年時代。

 1989年は、昭和64年としてスタートしたが、1月7日に天皇が死に、次の日から平成元年になった。僕の記憶の網は荒くて思い出はいつも霧に包まれているのだけど、この年のことは比較的思い出しやすい。小学校を卒業し、中学校に入学した年だから。中学1年の僕は村上春樹に夢中だった。文庫本で読んだ「風の歌を聴け」に衝撃を受けて、即座に「1973年のピンボール」、「羊をめぐる冒険」を買いに走った。いや、それは1990年のことだったか。やはり記憶はあいまいだ。「ノルウェイの森」が出版されたのは1989年だったが、高価なハードカバーはお小遣いでは買えなかった。金色の帯を巻かれた赤と緑の上下巻ハードカバーはあまりに美しく、手の届かない憧れだった。中学1年の教室では生涯の親友と思える友人と出会ったが、友情は案外と15年くらいしか続かなかった。宮崎駿監督「魔女の宅急便」の封切りも1989年だった。主題歌はまだ荒井由実だったユーミンの、1975年リリースの「ルージュの伝言」、1974年リリースの「やさしさに包まれたなら」。どちらも、僕が生まれるまえの曲だ。1989年には、すでに松任谷由実になったユーミンのアルバム「LOVE WARS」がリリースされている。これはずいぶん繰り返し聴いた。「魔女の宅急便」のメガネの少年トンボは、飛行クラブのメンバーで、人力飛行機のパイロットとして自転車のトレーニングをしていた。フラットバーハンドル(横一文字の自転車ハンドル)が「トンボ」と呼ばれて流行したのも、この時期だっただろうか。この年にリリースされたJITTERIN'JINNのデビューアルバムに、何か、自転車に乗って毎日フラフラ走るというような歌詞の歌があって、ずいぶん好きだった。僕自身、特に用もないのに自転車に乗って毎日フラフラ走っていた。今のようなスポーツ自転車ではなく、ごく普通のシティサイクルだった。たぶん「トンボ」ハンドルだったと思う。

 ようやく自転車の話題になってきたので、本題に移りたい。スペイン一周「ヴェルタ・ア・エスパーニャ」が開幕する。今年の開幕地が、グラナダ。月の裏側ではなく、スペイン南部アンダルシア州のグラナダでのチームタイムトライアルから、3週間の旅が始まる。2005年にもヴェルタはグラナダでの個人TTから始まり、これを勝ったデニス・メンショフが総合優勝もしている。そのメンショフが2度目の総合優勝をした2007年ヴェルタでは、第15ステージのゴール地点がグラナダだった。この日のことは、去年書いた。オロフレ峠でツールド北海道を観戦し、オキがライブでグラナダのことを話し、グラナダという名前のスペイン料理店で夕食を食べ、帰宅してテレビをつけたらサムエル・サンチェスが脅威のダウンヒルでグラナダのゴールを制した。「アンダルシアに憧れて」がリリースされた1989年のヴェルタは、まだ春開催で、ツール・ド・フランスより先だった。1989年のヴェルタ優勝者はペドロ・デルガドで、2度目のヴェルタ制覇だった。デルガドは同年のツール・ド・フランスではプロローグのスタートに遅刻するという逸話を残している。この時期から同じチームのミゲル・インドゥラインが台頭してきて、2年後にはデルガド自らエースの座をインドゥラインに譲った。その後はアシストとしてインドゥラインのツール5連覇のうち最初の3年間を支えた。デルガドは小柄なクライマー、インドゥラインは大柄なタイムトライアルを得意とする選手。インドゥラインはツール5勝、ジロ2勝しているが、ヴェルタでは勝っていない。ヴェルタのスタートリストを眺めている。さすがに1989年生まれの選手はまだいない。いちばん若いのが1986年生まれの2人、ロットのヤコブスと、ラボバンクのヘーシンク。1985年生まれはけっこう出場していて、デジューのディグレゴリオ、ティンコフのイグナチェフなど15人。ツールに比べて若手が多いのがヴェルタの楽しみだ。