村に移り住んだ友人がいる。
三日月湖のほとりの家に住んでいて、ずいぶん広い庭がある。
半分は畑だが、半分はまぎれもなく庭で、立派な樹が植えられている。
秋になって枝が落ちたりするというので、頼んで分けてもらった。
マツとオンコとツゲの枝が送られてきた。
さて、しかし、分けてもらったが、どう扱ったものか、わからない。
世にいう挿し木とは、想像するに、こういうことだろうと、
もらった枝を鉢の土に挿しておいた。
挿して、なんとなく水をやっていた。
そのあとどうなるのかは不明だったが、根でも出ればもうけものである。
まず変化したのはマツだった。
日を追うごとに変色し、鮮やかな緑色がくすんだ褐色になっていった。
これは、端的にいって、枯れたのだった。
マツは枯れた。
だけど、マツに関していえば、
わが園芸部にはマツボックリから育ててきた
文字どおり「生え抜き」のマツたちが所属している。
なので、枯れたマツには申し訳ないが、それほど残念でもなかった。
次に変化したのはオンコだった。
オンコというのはアイヌ語由来の呼び名で、
内地のほうではイチイという。
樹に関しては別に「イチイ」でも構わないという思いはある。
しかし、あのくりんくりんした赤い実は
どうやっても「オンコの実」としか思えない。
譲れない一線である。
オンコは新芽を出した。
深い濃い緑色の先端から、新緑が芽吹き、
説明もなく送り込まれた見ず知らずの土地に根ざし
ここで生きていく意思があることをオンコは宣言した。
その意気込みを買い、
とっておきの鉢に、我が園芸部の主力であるコケまで張ったうえで
植え替えてやった。
当初の意気込みのわりには、その後いまいち育たないが、
それでも、まあ、枯れるでもなく、オンコは我が家の住人になった。
マツが枯れ、オンコが帰順したあとも、ツゲは沈黙を保っていた。
ツゲは、枯れるでもなく、育つでもなく、黙っていた。
土に挿されてはいるが、生えているといえるものか、わからなかった。
枯れてはいなかったが、徐々に葉を落としつつもあった。
とはいえ、落ちていない葉は健やかな緑色であり、
いまもなお光合成を続けているように見えた。
なにかの足しになるものか不安ではあったが、
他にできることもないので、水だけはやっていた。
すると、ある日、枝の先にごく小さな球体というか、
マラカスのようなものがいくつも現れた。
植物の変化は緩やかであるようで、いつも突然だ。
ある日、突然に、マイクロサイズのマラカスが現れた。
ほのかに緑がかったマイクロマラカスの束の出現により
ツゲの沈黙は破られた。
長い沈黙のあと、ツゲがなにを語りだすのかと、私は耳を澄ませた。
しかしツゲは語るのではなく、小声で歌い出したのだった。
そうか、マイクロマラカスは蕾であったか。
ツゲの枝の先に、ちいさなちいさな花が咲いた。
なんともかわいらしい春の先触れだった。
(左上の枝は蕾、右下の枝にちいさな花)
(どのくらいちいさいか、携帯電話でサイズ比較)
だがツゲよ、花のあとはどうする気なのか、
もう少し語ってもらえぬものかな。